その名も『ソーラークッキング』
こんなこともできちゃう。
http://w2.avis.ne.jp/~amane/data3.html
ソーラークッキング協会
http://www.geocities.jp/jscajp/
曇りの場合のことも考えないといけないのが、
太陽熱調理の特徴。まあ当たり前だけど。
これから、お庭でピカピカ光ってると思ったら調理してたなんて風景を
見るようになるかもしれない。
今年は本当に冬が長い。
この時期まで雪は珍しいと思います。
なんで今年なんだろう…。
昨日は愛犬モモの焼骨で、新川(ニッカワ)という山形寄りの、
仙台でも奥まったところにある『新川ペットメモリーガーデン』で焼いてもらいました。
モモのかかりつけの獣医さんに「丁寧にしてくれるから」と紹介してもらったのですが、
評判通りだった!
本当に静かな良い場所で、良い人たちだった〜。
本当に本当に懇ろにしてもらって、
私達家族に対する気遣いも素晴らしかった。
10時から14時すぎまでかかりました。
丁寧にしてくれるので1日2組しかできないというのも納得。
でも、最後の見送りは大切だから。
あのゆったりした時間の中で、
最初はメソメソしていた私達家族が、
どんどん心の整理がされていって、
モモの骨を拾って、メモリーガーデンを出るころには、
「ありがとうございました」って笑ってた。
モモの遺骸があるときは、見るたび涙が出てくるんだけど、
骨になってしまうと、事実を受け止めるというか、
納得するんですよね。
家に帰ってからは、即席の仏壇を作ったり、
モモの物を整理したり、人にあげたり。
もうモモの物はすべて整理された。
うちの母は、これからの人生にいろいろ夢をはせてます。
ところで、ニュースで仙台で行列が…と言ってたのは本当だった。
ガソリン行列がひどい!
一つのガソリンスタンドに、4〜5キロの行列はざら。
6時間待ちは覚悟の上。
ガソリンの整理券をもらうのに、人も数キロ並ぶ。
仙台のガソリン不足は本当に深刻です。
早くなんとかしてほしい!
まず、同じ飛行機には、救援隊の人たちや、
大きなテレビカメラを抱えた人たち、
記者らしき人たちや、
大きな荷物を抱えた人たち。
いつもとは違う雰囲気を感じた。
そして、山形空港の上空で40分位待たされました。
「救援物資の輸送等で混雑しているので待機」
まず、ここで「ああ、前線に来たんだ」と実感。
そして、到着した山形空港内にて、更に実感。
隣のスポットに乗客を乗せている飛行機がいて、
それに乗る人たちなのか、
ものすっごい人、人、人…
救援隊らしき人々、スーツ姿の人々、
大きな荷物を抱えた家族、
とにかく、人、人、人。
あの人たち全部、あの飛行機に乗る人達だったんだろうか。
震災以後、山形空港は開港以来の人で溢れていることは、間違いない。
山形空港から仙台にバスを乗り継いで、
かなり順調に仙台到着。
途中、雪景色の東北道は一部一車線を工事していたけど、スムーズに通行。
反対車線に、赤色灯をつけた何台もの緊急支援隊の車列が何回も通り過ぎた。
ここでも実感。
仙台市内に入ったら、
一見いつもと変わらない景色だけど、ところどころお店が閉まってて、
そしていつもと違うのが、行列。
あちこちで行列がある。
カフェの前で行列。
ダイエーの前で行列。
バスを待つ行列。
それが、半端な人数じゃない。
特にバスは酷い。
鉄道がまるで動いていないので、バスしか移動手段が無い。
しかも仙台市内は相変わらずガソリン不足。
みんな車を出せず、長時間待つこと覚悟して
働いている人は毎日出勤し、食料の買い出しに出かけてる。
バスの運転手さんたちは、それこそ休みなし。
「自分たちが市民の足になるんだ」という強い思いで運転してる。
自分たちも、
家を無くし、家族も無くした人たち。
出てきてない運転手さんたちもいて、
出てきてる運転手さんたちだけで運用してるから、
正直休んで、家の片づけをしたい。
でも、
自分たちしか市民を助けられないから、
頑張ってる。
運転手さんが、そう話してた。
県庁近くの公園や広場は、緊急支援隊の駐車場のようで、
救援隊らしき人々が何組も歩いてた。
反面、日常の仙台市内の風景もあり。
そのちぐはぐさが、逆に“異常事態”を物語ってる。
家に帰って、(愛犬の)モモと対面。
穏やかな死に顔でした。
母や近所の犬友達さんたちが持ち寄ったお花に囲まれて。
明日、焼き場に連れて行きます。
22日から東京に出かけていたのですが、
(仙台に21日に送った荷物は、翌日の22日に着いた!ヤマトの人たちも驚いていたとか)
ニュースで見る通り、余震が多くて、
地震の度に、ホテルの部屋がミシミシいってるのが怖い。
大震災の傷痕で、泊まった全日空ホテルの廊下の壁にヒビが何か所も走ってるのを見てるから、
ホテルが崩落するんじゃないかと怖かった。
携帯のエリア情報で、時間構わず、ものすごいアラーム音で緊急地震速報が入って、
その度にものすごくビックリして。
地震って、怖い。
今朝早朝、仙台の母から「(愛犬の)モモが死んだ」と電話がありました。
覚悟してた。
震災後に動けなくなって、食べなくなって、
今までは、そうなっても不死鳥のように復活してたけど、
今回は、家族のだれもが「今までとは違う。もうそろそろだろう」と思ってた。
私は、モモは母を守ってくれたんだなと思ってる。
母はモモを守ってたけど、同時に守られてた。
震災の時、モモがいなかったら、母は1人で気丈に耐えきれたかどうか。
モモがいるから気を張って乗り切れたんだと思う。
今までモモは何度も死の危機を乗り越えてきたけど、
この為だったのかなと思う。
よくやった。
エラかったね、モモ。
ありがとう。
急遽、明日、伊丹→山形便に残り1席だったのを確保できたので
仙台に帰ります。
ちょうど父も明日東京から仙台に帰るので、
家族3人で、土曜日モモを見送ります。
もう泣いてるけど、
明日も明後日も、泣くんだろうなぁ。
数日前から、いつでも発送できるよう缶詰などの荷物を作っていたので、
早速発送した。
佐川急便や西濃運輸は、数日前から再開していたが、
荷物を取りに行かないといけない、その営業所は、
被害の大きかった荒浜の近くなどで、
到底危なっかしくて、方向音痴な母を取りに行かせることはできなかった。
家のすぐ近所にヤマトのサービスセンターがあるので、
ヤマトの再開を待ち望んでいた。
とっても助かる。
集荷に来てくれたヤマトの人と話をしていたが、
ここは神戸。
みんなそれぞれに、「震災」というものの体験がある。
それぞれがたいへんな経験を、
直接的に・間接的にしている土地。
だから、今回の東日本大震災への思いはひとしお。
とても大切に荷物を預かってくれた。
ありがとう。
頼りにしてます、ヤマトさん。
そして、他の運送会社の皆さん。
仙台では、
やはり肉や魚、牛乳などの生ものがあまり手に入らず、
何時間も並んで、やっと野菜や果物が買える状況らしい。
母は、
昨日たまたまスムーズに入れたスーパーで、
たまたまその時、店頭にお肉を並べ始めたので、すかさず2パックをゲットし、
「少量ずつでも」と近所に配ったらしい。
みんな、震災後、初めてのお肉で、
「うわ〜お肉だあ!嬉しい!」と喜んでいたそうだ。
『日常』が特別なものなのだと、改めて気付かされる。
実家の愛犬モモ(17歳老女)は、
震災時も寝ていたというツワモノだが、
さすがにストレスなのか、
昨日から歩けなくなっているらしい。
食い意地だけは張ってたのに、
その食欲すらもわかないそうだ。
動物達のストレスも、はかりしれない。
一日も早く、被災地の人々全てが、
有難い『日常』に戻れるよう、祈ってやまない。
